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神戸地方裁判所 昭和54年(レ)12号 判決

控訴人 内海豊明

右訴訟代理人弁護士 鵜澤晉

同 片岡廣榮

被控訴人 冨田泰弘

右訴訟代理人弁護士 山本正司

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し、別紙目録記載(一)及び(二)の建物部分を明渡し、かつ、昭和四七年一月一日から右明渡済みまで一か月金四、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

主文同旨の判決(ただし、第一次的請求は当審で取下)と仮執行宣言

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、昭和二九年七月ころ、被控訴人に対し、その所有にかかる別紙目録記載(一)の建物部分(以下「本件賃貸部分」という。)を住居として使用する目的で賃貸し、その賃料は、昭和四六年一月一日当時、一か月金四、〇〇〇円であった。

2  しかるに、被控訴人は、昭和三五年八月ころから昭和四五年五月ころにかけて、本件賃貸部分の北側にあった外壁(別紙図面のイ~チ線)を無断で取り毀した上、これに接続して同目録記載(二)の建物部分(以下「本件増築部分」という。)を順次増築し、同部分を店舗として食料品等の小売販売業を営むようになった。

3  ところで、本件賃貸部分と増築部分とは完全に接合し、その間に障壁はなく、ただ建具によって仕切られているだけで、構造上の独立性がないのみならず、両建物部分間の往来も全く自由である上、日常生活に必要な台所、食堂、便所、浴室等の諸設備は、右増築部分にあって、被控訴人は両者を一体の建物として事実上利用しているから利用上の独立性もなく、右増築部分は本件賃貸部分に附合し、その結果、控訴人の所有に帰したものである。

4  控訴人は、昭和四五年五月ころ、被控訴人の前記無断増築の事実を知り、直ちに被控訴人に右増築部分の収去を求めたが、これに応じないため、昭和四六年一〇月ころ、被控訴人に対し、口頭で、同年一二月末日までに収去するよう催告するとともに、これに応じないときは同日限り本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

仮に、右解除が効力を生じないとしても、被控訴人は、昭和四七年六月一九日、本件増築部分について自己名義の所有権保存登記を経由したので、控訴人は、昭和四九年三月一二日到達の書面により、被控訴人に対し、右背信行為をも理由として一四日以内に右登記の抹消及び増築部分の収去を催告するとともに、これに応じないときはあらためて本件賃貸借契約を解除する旨の予備的意思表示をした。

5  しかし、被控訴人は、右両催告期限内にいずれもその履行をしなかったので、本件賃貸借契約はその期限の経過により解除された。

6  よって、控訴人は被控訴人に対し、本件賃貸部分及び増築部分の明渡し並びに昭和四七年一月一日から右明渡済みまで一か月金四、〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。

二  被控訴人の認否

1  請求原因1の事実は、使用目的の点を除きすべて認める。本件賃貸借は、住居だけでなく店舗としても使用する目的で借り受けたものである。

2  同2の事実は、その増築時期及び無断の点を除き認める。

3  同3の事実は認めるが、附合の主張は争う。本件増築部分は、賃貸部分とは別棟、別屋根で、しかも、板壁によって仕切られているから、構造上独立の建物であり、かつ、被控訴人の日常生活や営業もすべて右増築部分で行っているから、利用上も独立性を有し、附合してはおらない。

4  同4前段の事実は否認し、後段の事実は認めるが、背信性の主張は争う。

三  抗弁

1  本件増築部分の敷地に対する転借

被控訴人は、本件賃貸借に際し、本件増築部分の敷地になっている土地部分(当時は空地)を、その所有者訴外林与吉の斡旋により、店舗建築の目的で控訴人から転借した(当時、控訴人は右空地部分を含む本件係争建物の敷地全体を右訴外人より賃借していた。)。

2  右敷地に対する付随的使用権

仮に、そうでないとしても、右空地の利用は、本件賃貸借契約に付随する使用として、当然許されるべき性質のものである。

3  増築についての承諾

仮に、しからずとするも、被控訴人は、本件賃貸借直後(昭和二九年七月ころ)、控訴人の承諾を得て、別紙図面のイ~チ線上(以下、符号のみ示す。)にあった外壁を取り毀して、イ、チ、ヨ、カ、イ部分に炊事場を、その北側に便所、風呂場を各増築して、同図面の土間部分で営業を開始し、次いで、昭和三五年七月ころ、控訴人の承諾を得て、リ、ヌ、レ、ル、オ、ワ、カ、ヨ、リ部分に店舗の建築に着手し、同年末ころまでにこれを完成させたが、その際、前記炊事場も改造した。

仮に、事前の承諾がなかったとしても、控訴人は、その間、右増改築の事実を知りながら何らの異議も述べなかったから、黙示の事後承諾があったものというべきである。

4  権利濫用

控訴人が本件賃貸借契約を解除するにいたった動機は、昭和四四年秋ころ訴外日東紡績株式会社(以下「日東紡」という。)が訴外林から本件係争建物の敷地を含む付近一帯の土地を買受けるにいたったことに基因している。すなわち、控訴人は、それまで右敷地の一部を他に転貸したり、その所有にかかる本件工場西側の居住者が再三無断転貸しても何ら異議を述べず、被控訴人に対しても前記のとおり店舗部分の新築を承諾していたのに、日東紡から敷地の明渡を求められるや、態度を急変し、無断増築であるとして解除するにいたったものである。しかも、控訴人は、すでに日東紡側よりその明渡料も受領しており、最早、本件係争建物の単なる形式上の所有名義人にすぎず、そこに居住してこれを利用する意思も必要性もなく、ただ、日東紡に代って本件訴訟を追行しているだけである(真の訴訟追行者は日東紡である。)。従って、本件解除権の行使は明らかに権利の濫用である。

四  抗弁に対する控訴人の認否

抗弁事実はいずれも否認し、その主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  控訴人が昭和二九年七月ころ、その所有にかかる本件賃貸部分を被控訴人に賃貸し(ただし、その使用目的については後に判断する。)、その賃料が昭和四六年一月当時、一か月金四、〇〇〇円であったこと、被控訴人が右賃貸部分に接続して本件増築部分を順次増築して(ただし、その時期等については後に判断する。)、同部分を店舗として食料品等の小売業も営んでいたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件賃貸借の使用目的について

当裁判所も、本件賃貸借は住居だけでなく店舗としてもこれを使用する目的でなされたと認定、判断するものであって、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由中、当該説示部分(原判決四枚目裏末行から同六枚目表一行目まで)と同一であるから、これを引用する。《証拠訂正省略》、同裏八行目の「営業を始めたこと」の次に「、その後控訴人は昭和三〇年ころ、被控訴人がイ、チ、ヨ、カ、イ部分の北側一間四方の空地で小売りをすることを認め、本件賃貸部分の北側にあった塀を毀して買物客のために出入口を作ってやったこと」を挿入し、同九行目の「これらの点と被告本人の供述とによれば、」を「右認定の事実からすれば、」と、同末行の「原告本人の供述部分」を「前掲証人内海文子及び控訴人本人の各供述部分」と各訂正する。

三  本件増築部分の増築時期、規模等について

被写体が本件係争建物であることは争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、被控訴人は、本件賃貸部分を借り受けた直後(昭和二九年七月ころ)に当時イ~チ線上にあった外壁を取り毀して、イ、チ、ヨ、カ、イ部分にトタン張りで簡単な炊事場を増築し(以下「第一次増築」という。)、次いで、昭和三五年八月ころにカ、ヨ、タ、ワ、カ部分に店舗を増築し(以下「第二次増築」という。)更にその後、昭和四一年六月ころから昭和四五年五月ころにかけてリ、ヌ、レ、ル、オ、ワ、タ、ヨ、リ部分に店舗の拡張と浴室、便所等を増築し(以下「第三次増築」という。)、その際、前記炊事場を四畳の間に改造したこと、その結果、右第一次ないし第三次増築にかかる本件増築部分の床面積の合計は、本来の賃貸部分のそれを上廻る五二・二八平方メートルにも及んでいることが認められ(る。)《証拠判断省略》

四  被控訴人の抗弁1(右増築部分の敷地の転借)について

《証拠省略》によっても、被控訴人が本件賃貸借の際、建物の賃借のほか、右増築部分の敷地(当時は空地)までも別途地代を払って控訴人からこれを転借していた事実は認めることができず、他にこれを裏付ける証拠もないから、右抗弁は理由がない。

五  同抗弁2(右敷地に対する付随的使用権)について

一般に、建物を賃借した場合、特段の事情がない限り、これに付随してその敷地である庭(空地も含む。)などを事実上使用することが許されることはいうまでもないところであるが、その敷地使用の程度、範囲は、あくまで本来の賃借建物を使用収益するについて必要な限度にとどまるべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記第一次増築の程度では、本件賃貸借に付随した敷地の利用とみられるけれども(この点、《証拠省略》によると、右増築に対しては、当時控訴人側においても特に異議を述べていないことが窺われる。)、前記第二次及び第三次増築については、その規模の大きさ、態様などからすれば、最早、右の程度、範囲をはるかに超えるものといわざるを得ない。

従って、問題は、右第二、第三次の各増築についても控訴人側の承諾があったかどうかである。

六  同抗弁3(増築の承諾)について

被控訴人は、本件増築(特に、問題の第二次と第三次増築)については、控訴人側の事前または事後における明示ないし黙示の承諾があった旨主張するが、これにそう《証拠省略》は、後掲各証拠と対比してたやすく措信し難く、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。

却って、《証拠省略》によると、第二次増築は約一か月くらいかけて基礎工事を施した後、僅か一日で棟上げを終えたため、当時控訴人側では、その事実を知らなかったが、右増築完成後に間もなくこれを発見したこと(当時は本件係争建物の近所に居住していた。)、しかし、近所付合いの手前もあり、また、右増築部分が何時でも容易に収去を求め得るものと安易に考え、特に事を荒立てて抗議することもなくそのまま経過したが、被控訴人に対する強い不信感は払拭することができなかったこと、その後、控訴人は昭和四一年六月ころに勤務(福徳相互銀行勤務)の都合で姫路に転勤し、そのころ家族とともに同所に引越して(もっとも、その転居にともなう住民登録手続は二、三年後に遅れてなされた。)、以来本件係争建物には訪れることがなかったため、その間に行われた第三次増築については、昭和四五年五月ころにいたってようやくこれを知ったこと(もっとも、控訴人の従兄弟にあたる訴外内海忠夫が当時本件係争建物の近所に住んでおり、同訴外人は右増築の事実を知っていたが、これを控訴人には全く知らせていなかった。)、そこで、直ちに控訴人は被控訴人に対し、厳重にこれを抗議するとともに、以来再三、再四にわたり本件増築部分全体の収去方を終始求めてきたことが認められる。

そうすると、控訴人側は、第一次及び第二次増築の段階ではともかく、少なくとも第三次増築にいたって、遂にそれまで我慢し続けてきた不信感が一挙に噴出して、その抗議ないし収去要求に踏切ったことが明らかであるから、右の各増築を個別的にでなく、これを全体として一連のものと把握すれば、本件増築(第一ないし第三次増築)については、結局明示の承諾は勿論、黙示的なそれがあったとみることも到底困難である。

もっとも、《証拠省略》によると、本件賃貸借の賃料は、当初月額金五〇〇円であったのが、その後昭和四一年四月から月額金一、〇〇〇円に、次で昭和四六年一月から月額金四、〇〇〇円に各増額されていることが認められ、右最後の増額は、当時既に控訴人側で第三次増築の事実も知った以後になされたものであるから、この点、控訴人側では、第三次増築についても、これを黙認していたのではないかと一応推認されないこともないが、控訴人側で右増額請求にいたった事情は、《証拠省略》によれば、昭和四五年の暮ころに、被控訴人より本件賃貸部分の雨漏りの修理を要求されたことから、これを機会に賃料も五年近く据置かれたままになっていたので、無断増築の件とは切り離して(前記認定のとおり、その間も依然として収去要求を続けており、ただ、当時は未だ明渡までは考えていなかった。)、本来の賃貸部分のみに限ってその増額請求に及んだことが窺われるから、右増額の一事をもって、黙示の承諾があったと即断することもできない。

従って、被控訴人の右抗弁も採用できない。

七  本件賃貸借契約の解除について

控訴人が昭和四六年一〇月ころ、被控訴人に対し、同年一二月末日までに本件増築部分の収去を催告するとともに、これに応じないときは右無断増築を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を口頭でしたことは、《証拠省略》によりこれを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

八  被控訴人の抗弁4(権利濫用)について

《証拠省略》によれば、日東紡が昭和四五年四月ころ、本件係争建物の敷地を含む付近一帯の土地を地主の訴外林から買受ける旨の売買予約を締結した上、昭和四六年一二月にこれを買受取得したこと、そして、翌四七年二月ころ、控訴人が右敷地の賃貸借を合意解約して、同年四月ころ、日東紡から金五〇〇万円の明渡料を受領していることが認められるけれども、右敷地の合意解約及び明渡料受領等の行為は、いずれも既に認定したように、控訴人が被控訴人に対し、無断増築を理由に条件付解除の意思表示をして、その条件が成就した後においてなされたものであり、しかも、その無断増築違反の重大な背信性(違反回数及び規模等)を彼此比較勘案すれば、被控訴人のその余の主張を合わせ考慮しても、なお、控訴人の本件解除権の行使が濫用に当るとはいえないから、この点に関する被控訴人の抗弁も採用できない。

九  本件増築部分の附合について

およそ、賃借建物につき無権原で増改築が行われた場合、増改築部分の従前の建物への附合の成否については、当該増改築部分の構造上及び利用上の各独立性の有無を基準として具体的に考察、判断すべきものと解する。

そこで、これを本件につきみるに、《証拠省略》を総合すれば、第一次増築部分は本件賃貸部分(従前の建物)と床続きでその接続部分であるイ~チ間には、鴨居と敷居があって、その中間に九・五センチメートルの角柱が存在し、その柱からイ間はガラス戸、同柱からチ間は板戸で仕切られており、相互の出入りは自由であること、しかも、右増築部分は従前の賃貸建物の居間(仏間)に続いたいわゆる茶の間(四畳)であって、構造上全く相接続していること、そして、第二次増築部分(店舗部分)は右第一次増築部分に接続し、その間(カ~ヨ間)には何らの障壁もなく僅かに障子によって仕切られているだけであること、更に、第三次増築部分(店舗拡張部分と炊事場、浴室、便所)も右第二次増築部分と土間続きになっていて、その間には障壁はおろか何らの仕切りすらないこと、しかも、被控訴人において、以上の第一次ないし第三次増築部分を、本来の賃借部分とともに居宅兼店舗として、これに必要不可欠な一体の建物として事実上これを使用していることが認められ、これに反する格別の証拠はない。

右認定の各事実からすれば、本件増築部分(第一次ないし第三次増築部分)は、従前の本件賃貸部分と構造上は勿論、利用上も独立性を有する建物とは未だ認め難いので、結局、本件増築部分は本件賃貸部分を含む従前の建物に附合したものとみるのが相当である(そして、両部分の屋根が別棟になっていることや右増築部分について被控訴人名義の保存登記がされていても、これらのことは右判断を左右するものではない。)。

一〇  結語

以上説示のとおりであって、本件賃貸借契約は、被控訴人の無断増築違反を理由に昭和四六年一二月末日限り解除されるにいたったものといわなければならない。

よって、控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきところこれを棄却した原判決は失当であるから取り消すこととし、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行宣言申立については、これを付するのが相当でないと思料するので却下する。

(裁判長裁判官 永岡正毅 裁判官 大西嘉彦 裁判官渡部雄策は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 永岡正毅)

〈以下省略〉

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